麹の効能1

ある患者の言葉。
「最近、気持ちがちょっとずつ前向きになってきて、近所の居酒屋でバイトを始めたんですね。社会勉強になっています。接客の仕方とかテーブルマナー、お酒の作り方とか。私、本当に何も知らなかったんです。焼酎と日本酒の違いも分かっていませんでした。どちらも透明なお酒だな、くらいの認識だったので」
ああ、なるほどと思った。ビールは当然わかる。ウイスキーもワインも、色が特徴的だから分かる。でも、焼酎と日本酒の違いを知らない女性って、意外と多いんじゃないかな。
「ちなみに先生、焼酎のお湯割り、どうやって作るか知っていますか?グラスに先に注ぐのは焼酎、お湯、どっちでしょう?」
うわ、それは僕も知らんわ。水割りかロックしか飲まへんから(笑)

世の中、知らないことばかりである。
焼酎と日本酒の違いについて、僕だって深く理解しているわけじゃない。「蒸留酒と醸造酒の違い」程度の認識だ。
そもそも焼酎とは何なのか?日本で酒といえば、普通は日本酒を指す。『枕草子』の一節に「にくきもの」として、以下のような記述がある。「酒を飲んでわめき、”お前も飲まんかい”と人に飲ませてる様子なんかは見ててイタイ。しかも、それなりに身分のある人がそういうことをやってるんだから、酒はかなわんわ」こういう場合の酒は、もちろん日本酒であって、焼酎ではない。”焼酎と日本酒”とニコイチのように語られる焼酎だが、一体日本にいつからあるのか?

文献上、「焼酎」が初めて現れるのは比較的新しい。永禄2年(1559年)、郡山八幡神社(鹿児島県伊佐市)の補修が行われた。暑い中で汗水たらして作業にいそしむ大工に対して、「ごくろうさまでした」と酒の一杯でもふるまうのが座主(ざす;施主)の礼儀である。しかしこの座主は倹約家であったらしく、ふるまいの労を惜しみ、大工らに何も与えなかった。「タダ働きさせやがって!」内心の不愉快を抑えかねた大工の一人が、憂さ晴らしのつもりで補修壁の板の裏側に「作業期間中、このどけちな座主は結局一度も焼酎を飲ませてくれなかった。マジでありえねえ」と書きつけた。1954年神社の解体修理のときにこの落書きが発見された。焼酎の飲用および「焼酎」の呼称について、この落書きが国内に残存する最古の文献となった。
この大工も、後の世になってまさか自分の落書きが歴史的意味を持つことになろうとは夢にも思わなかっただろう(笑)

この大工が飲みたがった焼酎は、現在の僕らがイメージする焼酎とは味や性質(製造法、保存性など)の点で、相当程度異なるものであった。というのも、当時の焼酎は黄麹から作られていた。日本酒を作るのと同じ麹で作られていたわけだ(ちなみに味噌も醤油も黄麹で作られる)。酒に詳しい人は知っているだろうが、日本酒は”生鮮食品”である。火入れしない日本酒を常温で長期保存すれば、風味が損なわれる。黄麹で作った焼酎も同様である。しかも温暖な鹿児島であり、当時は冷蔵設備もない。そう、当時の人々にとって焼酎は「夏には腐るもの」だった。意外にも、明治までこれが常識だった。

この常識を覆し焼酎の世界に革命を起こしたのが、河内源一郎(1883~1948)である。
河内は大蔵省の技官として、鹿児島、宮崎、沖縄で味噌、醤油、焼酎の製造指導にあたっていた。現場を視察するなかで、あちこちの杜氏から「焼酎の保存性を高めることはできないか」という相談を持ちかけられ、河内も何とかこれを解決したいと思っていた。
ふと彼の頭に浮かんだのは、沖縄の泡盛である。「沖縄は鹿児島より暑いのに泡盛は腐らない。なぜだろうか」
そこで河内は沖縄に行った際、泡盛を作るときに用いられる麹を持ち帰り徹底的に研究した。3年の苦労の末、1910年、ついに新種の黒麹菌( Aspergillus awamori var. kawachii)を発見しその培養に成功した。さらに、泡盛が腐らないのはこの黒麹菌が産生するクエン酸による防腐作用だということも突き止めた。
この黒麹から作った焼酎は芳醇な香りとどっしりしたコクがあった。こうして「泡盛黒麴菌」を使った焼酎は鹿児島のみならず九州全土に広まった。
さらに、河内の研究熱はとどまるところを知らなかった。「この焼酎、確かにうまい。しかし、なんというか、いかにも”酒飲みのための酒”という感じだ。もっと万人受けする、別の風味を持った焼酎を作れないものだろうか」こうして研究を続ける河内に、再びインスピレーションの瞬間が訪れた。1923年、泡盛黒麹を培養するシャーレのなかに色の違う真菌が生えているのに気付いた。この真菌だけを選り分けて培養し焼酎を作ったところ、泡盛黒麹菌で作った焼酎よりも香りがよくてまろやかになった。この麹こそ、泡盛黒麹の突然変異種の白麹(Aspergillus luchuensis mut. kawachii)である。この白麹もまたたくまに広がり、今や九州のほとんどの杜氏はこの麹を使っている。
この発見により、日本酒、焼酎の発酵に不可欠な麹(黄麹、黒麹、白麹)が出そろった。日本の焼酎文化の礎は、河内源一郎が作ったと言っても過言ではない。

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こうして焼酎の話を書いていると、きついロックが飲みたくなってきたんだけど(笑)、僕が紹介したいのは焼酎というよりも、麹の健康効果である。
ざっと挙げると、腸内環境改善作用(酪酸菌増加作用)、デトックス作用(農薬、放射能分解作用)、免疫調整作用(NK細胞、T細胞の活性増加)、アレルギー軽減作用、便秘改善、高血圧抑制、高血糖抑制、脂質血症改善、更年期障害改善、妊孕性向上(不妊の男性、女性に効く)、美白効果、育毛効果、健康寿命延伸作用など、枚挙にいとまがない。
『麹親子の発酵はすごい!」(山元正博、山元文晴著)を読んで、麹に秘められた力に驚嘆した。焼酎文化に革命を起こした麹だが、麹の力はそれだけにはとどまらない。人々の健康を救うに違いないし、もっと言えば、地球環境を救うだろう。何を言っているかわからないだろうから、詳しくは次回以降に紹介していこう。

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