塩、高血圧、ビタミン

塩と精製塩は違う。この点は強調しておきたい。
海水をコップに入れて、そのまま日光に当てておく。すると、海水が蒸発し、コップの底に白い粉が残る。これが塩である。
精製塩は化学的に作る。中学生のとき理科の授業で「酸とアルカリを混ぜると塩(えん)ができる」と習っただろう。たとえば、
HCl + NaOH →  NaCl + H2O 
のように、塩酸と水酸化ナトリウムの反応によって塩化ナトリウムができる。あるいは、イオン交換膜を使って塩化ナトリウムを作る方法もある。いずれにせよ、法律上、塩化ナトリウムの含有量が97%以上になれば食塩と呼んで差し支えない。
純度の高い塩化ナトリウムは、保存しておくと固化してしまう。こうなっては、消費者の印象が悪い。そこで、固化防止剤(anti-caking agent)が添加されることになる。具体的には、フェロシアン塩やアルミノケイ酸塩が用いられている。一般的な摂取量では問題ないとされているが、無害というわけではない。

繰り返すが、塩と精製塩は似て非なるものである。前者は自然の産物であり、後者は科学(化学)の産物である。ものが違えば、当然、体に対する作用も違う。しかし世間一般の人にとっては、いずれも「塩」である。わざわざ両者を区別しようとしない。「塩は高血圧の原因」「塩の摂取量は1日6g以下に」などというマスコミの声を真に受けて、現代の僕らは塩を「避けるべき憎っくき悪」だと思っている。
しかし江戸時代以前の人々は塩が命の源であることを知っていた。「敵に塩を送る」ということわざは、現代日本では成り立たない。塩が命の源だという前提がすでに崩れているのだから、「高血圧の原因物質を送り付けて敵軍の健康状態を弱体化させる狙い」などと解釈されかねない(笑)
かつて罪人に課される刑罰のひとつに「塩抜きの刑」というのがあった。普通に食事をとらせるが、ただ、塩っけだけは一切とらせない。そうすると、罪人はたちどころに音を上げる。体が衰弱して元気が出なくなる。この罪人が現代日本にタイムスリップして病院に行けば、「うつ病」と診断されるだろう。「塩不足によるエネルギー障害」と正しく診断できる医者は恐らくいない。
塩を摂れば血圧が上がるし、塩を抜けば血圧が下がるに決まっている。神経伝達、筋肉(心臓や血管の筋肉も含め)の収縮と弛緩、体液バランス。すべて塩がなくては成り立たない。
問題は、塩の質と量である。

アマゾンの熱帯雨林に住むヤノマモ族は1日200㎎のナトリウム量で生活している。小さじ10分の1ほどの塩で、世界で最も少ない塩分消費量である。一方、最も多いのは日本の岩手県で、1日のナトリウム摂取量は26000mg、小さじ11杯分以上ということになる。
何が正しい何が間違っているの話ではない。土地に長く暮らすうちに、その風土にあった食文化が生まれ、食性が養われていく。東洋医学的に言うと、塩は陽の気を持つ。酷暑の熱帯雨林では、陽の気を持つ食材は忌避される。むしろ、甘いバナナやパイナップルなど陰の気を持つ食材を食べて、体の熱を除こうとする。逆に、寒い地域で暮らす人々にとって、塩はこの上なく重要である。塩の持つ陽の気で体を引き締め、寒さに対抗せねばならない。
その風土に固有の食文化があり、食性がある。「塩の摂取量は1日6g以下がいい」などと画一的な物差しを持ち出して、各国の食文化の是々非々を論じるなんて、バカげている。

とはいえ、寒冷で塩分摂取量の多い地域では高血圧、脳卒中の発症率が高いという疫学的な事実がある。これに対して、何らかの手が打てないか。こういうとき、現代科学の知見も、まんざら捨てたものではない。
『高塩化ナトリウム食誘発性高血圧に対するアスコルビン酸、リボフラビン、コリンの効果』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnsv1954/4/4/4_4_310/_article/-char/ja

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ネズミにNaCl(塩化ナトリウム。塩ではない)をたらふく食わせると高血圧になることは分かっている。そこで、何か別の栄養素を加えることで高血圧の発症を抑制することはできないか、調べてみた。
ネズミを食事のタイプによって5つの群に分ける。
(1)1%NaCl食(塩っけの薄い食事)
(2)3.5%NaCl食+アスコルビン酸
(3)3.5%NaCl食+リボフラビン
(4)3.5%NaCl+コリン
(5)3.5%NaCl
この食事を27週続けて、その後、体重や血圧、各臓器の具合などを調べると、以下のような結果になった。

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血圧について、(1)群は110.5、(5)群は143.2と、大幅な差があるのは想定済み。この研究の真骨頂は、(2)群、(3)群、(4)群の血圧との比較にある。つまり、それぞれの群で血圧は、119.0、111.6、122.3となった。
どういうことか、わかりますか?
アスコルビン酸(ビタミンC)、リボフラビン(ビタミンB2)、コリンに血圧上昇を抑制する作用が見られた、ということです。

上記は1958年岩手医科大学が行った研究である。地元住民に高血圧と脳梗塞が多発する現状を何とかできないか。その思いが生み出した論文である。
この知見のおかげで、岩手の医者は患者にこんなふうにアドバイスができるようになったわけだ。
「食文化を放棄する必要はありません。その代わりこういうサプリを飲むといいですよ」
科学はこういうふうに使うものである。
しかし、岩手医大の先生が特にビタミンを頻繁に処方するという噂は聞かない。上記のような研究を生み出した先輩がいたことなど、もはや誰も覚えていないだろう。医者が患者に言うフレーズは、岩手に限らず、全国共通である。
「減塩は必須です。降圧薬と高コレステロール薬も一緒に飲みましょう」

以前の記事でも触れたが、かつて日本はビタミン先進国だった。鈴木梅太郎が世界で初めてビタミンの概念を提出して以後、多くの日本人研究者がビタミンに関する優れた仕事を残した。
しかし今や、医者はビタミンを目の敵にしている。みなさん、主治医にこう言ってみるといい。「薬じゃなくてビタミンで治したいんですけど」
鼻で笑われる程度で済めばいいほうで、なかには怒り出す医者もいるだろう。
知の文化は、こんなふうに、すっかり断絶している。

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