うちの子(ロン)が先日1歳の誕生日を迎えた。人間の1歳児は、ようやくつかまり立ちをし、簡単な単語を話す程度だろうが、犬の1歳は違う。力比べ(タオルの引っ張り合いとか)をしても全力ダッシュで競争しても、僕はもうこいつに勝てない(笑)つまり、身体能力では成人男性を上回っている。言葉も「ワン!」だけではない。僕の言っていることが分かるし、僕もこいつの言っていることが分かる。「なんて頭のいい奴だ」とほとほと感心する。子犬のときから食事にゲルマニウムやタラ肝油を混ぜて与えてきたせいかもしれない。多分、世界一ゲルマニウムの摂取量が多い犬だろう(笑)
1年前の今頃、僕は迷っていた。
「犬が飼いたい」その思いは固い。しかし、飼っていいものだろうか。仕事で何かと忙しく、自分の身の回りのことも充分にできてないくせに、犬の世話までできるだろうか。飼い始めたとして、きちんと責任持って最後まで飼い続けることができるだろうか。問題点を数え始めればきりがない。しかし、どうしても飼いたい。仮に飼うとすれば、どんな犬種がいいだろう。ジャーマンシェパードなんていいな。飼うなら、大きくて頭のいい犬がいい。
そんなとき、ふと、ブリーダーの広告が目についた。「2月4日生まれゴールデンレトリバーの子犬がいます」
「まぁ、見に行くだけなら」と思ったのが運の尽き。僕の膝に乗ってきたこいつを見て、拒めるわけがない(笑)「この子が欲しい」と伝えると、ブリーダー氏、「わかりました」と、まだ名前のない「この子」の首に細い紐を巻いた。僕の「予約済み」ということである。
そう、今思うと、僕がロンを選んだのではない。明らかに、僕はロンに選ばれた。同じ日同じ母犬から生まれた子犬が5匹いて、どれも同じように可愛かった。でも、ロンが僕の膝に乗り、やたらと甘えてきた。「この子しかない」と即決だった。
いつだったか、患者がこういう意味のことを言っていた。
「ロンちゃん、かわいいですね。私も昔、ジャーマンシェパードを飼っていたことがあるので分かります。でも先生、これから大変ですよ。どんどん大きくなって、どんどん賢くなって。私、自分の飼い犬ながら、ときどき”怖い”と思いました。ある面では、明らかに私より頭がいいので。言葉を話すわけではないけど、ちょっとしたにおいとか仕草から、この子は全部お見通しなんだろうなって思うことがしょっちゅうあって。
今や人間より賢くなったAIなんかもそうですけど、人間は”自分より賢い存在”を、何だか不気味に思う性向があるようです。逆に、そもそも”かわいい”という言葉には、”自分より劣っている”というニュアンスが含まれているのかもしれません」
なるほど、と思ったけど、実感としては分からない。幸か不幸か、「こいつ頭よすぎて怖いわ」と思ったことは今のところない(笑)でも、”いうてまだ1歳”だから、今後もっと頭がよくなってきて、この患者の言葉を実感を持って理解する日が来るかもしれない。
そういえば、こんな人がいたな。
50代女性が言う。「何だか家の中で居場所がないような気持ちになります。夫は医者で、二人息子がいます。長男は灘高、次男は灘中に通っています。夫が私に対して偉そうなのは昔からなんですが、最近二人の息子もそういうふうになってきて。何かにつけて、私のことをバカにします。「お母さん頭悪いなぁ」って。どう答えればいいのか分からなくて、あいまいに笑っていますけど、内心、我が子が怖いんです。
この子たちは、私が生んだ。私のお腹のなかで育ち、私のご飯を食べて育った。間違いなく、私の子供です。なのに、私よりはるかに頭がよくて、私が全く知らないことを理解していて。もう、手に負えない、という感じです。気軽に雑談することさえ、何だか遠慮してしまいます。我が子なのに、まだ高校生や中学生なのに、何だか、”遠い”んです」
言っていることは分かる気がした。でも寂しい子供たちだね。
お母さんがいう「頭がいい」は、主にロジックの運用能力、数学や物理の問題を解く能力のことを言ってるんだろうけど、こんなの、何ということはないよ。演習問題やってるうちに身につくもので、それ以上の意味はない。でも、そんな「能力」を鼻にかけて母親をバカにするあたり、幼いよね。
僕も小学校の頃から塾に行ったり、いわゆる進学校に行ったタイプだから分かるけど、受験秀才というのは「考える」訓練は受けているけど、「感じる」訓練は全然してないのよ。大学に合格するには前者のトレーニングが必要だけど、人生の海を渡っていくには後者が要る。
「感じるなんて誰でもできるだろう」と思うかもしれないけど、全然そうじゃない。友達と遊んだり人を信じたり裏切ったり誰かを好きになったり映画を見たり小説を読んだり音楽を聴いたり犬を飼ったり。ちゃんと「感じる」にも訓練が必要なんだ。僕はこの年になってようやくそういうことが分かった。
おっさんになってようやく分かるぐらいなんだから、中学生高校生が分からなくても無理はない。というか、一生気付かずに人生を終える人も普通にいる。
ロジックの運用によってできることなんて、たかが知れてる。人生にはもっと大事なことがある。そばにいる人を笑顔にしたり、安心させたり。こちらのほうがよほど「能力」でしょ。
ロンと一緒に散歩していると、多くの人が「まぁかわいい」と声をかけてくる。そして、ロンはそういう人に尻尾ふって近付いて愛嬌をふりまく。僕はこういう「能力」において、ロンの足元にも及ばない。今、こうして僕の足元で寝てるわけだけど(笑)