職業病というのは確かにある。だから、初診で来た患者には必ず「仕事は何ですか?」と聞くべきなんだけど、正直あまり聞けてない。人に対して「年齢と職業を聞くのは失礼」というマナーが働いて、つい遠慮してしまうから。問診にこういうマナーを持ち込んではいけないんだけど、やはり、人間同士のやりとりなので、どうしても。
年齢のほうはわざわざ聞かずとも問診表に書いてくれてるけど、職業は「サービス業」とか書かれてたりする。「サービス業」。実に、含みの多い言葉だ。おおよそ人と関わる仕事はすべてサービス業だと言って間違いではない。僕みたいな医者だってサービス業だろう。だから、問診表に「サービス業」と書かれていると、「仕事については聞いてくれるな」ということかなと、変に遠慮したりする。もっとも、ほとんどの場合、あえて仕事を聞かずとも、他の問診を進めていくうちに問題点が見えてくるものだけど。
仕事と病気の関連として、夜勤の多い仕事(看護師、タクシー運転手など)のせいで不眠症になった、みたいな話はしょっちゅう聞く。
あと、CAさんね。客室乗務員と婦人科系疾患(PMS、子宮筋腫など)の関係は、何人かの患者を見たこともあって、かなり強い相関があると個人的には思っている。
以前のブログで、こんなCAの言葉を紹介したことがある。
「国内線のCAとして働いて来ました。大学を卒業してから十年近くずっと。CAの仕事を通じて、接客のマナーとか航空会社のシステムとか、会社で働くことの意味、お客様に喜んでもらう喜びなど、様々なことを学びました。
でも、もういいかな、と思いました。長く続ける仕事じゃないな、と。
いえ、仕事が激務だから、というわけではありません。確かに大変な仕事でしたけど、やりがいもありましたから。
私の場合は国内線だから、フライトが長時間だったり変則的だったり、っていう負担はそれほどありませんでした。多いときで、1日3フライトというときもありましたけど、国際線のCAに比べれば全然楽なほうだと思います。
それに、会社は過重労働にならないよう配慮してくれているように感じました。フライト中にもレストがあって、それは権利というか、むしろ義務でした。「何時間働いたら何分休憩しないといけない」っていうのが、労務管理としてあるんだと思います。
そういう点は問題ありませんでした。
問題は、飛行機に日常的に乗ることから来る健康への影響で、こればかりはこの仕事を選んだからには避けられないものでした。
気圧の高い低いの繰り返しとか、機内の乾燥した空気、放射線への被爆とか、やっぱり心配だと思って。
あと、クルーミールって、お客さんにお出しするものと基本的には同じなんです。できあいの加工食品そのもので、それをアルミに包んでオーブンであたためて、食べます。
濃い味付けで、栄養のバランスなんてあったものじゃない。毎日食べ続ける食事ではありません。自分でお弁当を作って持って来ている同僚も珍しくありませんでした」
そう、CAの職場は「空の上」である。上空何千メートルを高速で移動する鉄の箱。極めて人工的な環境であり、体に相当な負荷がかかることは間違いない。上記CAが指摘するように、国内線よりも国際線のCAのほうがその負荷ははるかに大きいだろう。
当院を受診した国際線CAの話。
「11月25日の深夜、今までに経験したことのない強い下腹部痛が出ました。痛すぎて嘔吐してしまったぐらい。救急車を呼んで病院に運ばれました。
点滴をしたらすぐによくなって、「月経痛だろう」と言われました。翌日婦人科に行ったら、同じことを言われました。実際その後生理が来て、そのときは全然痛みはありませんでした。
1月3日、また同じような激痛に襲われました。やはり、痛みのせいで嘔吐しました。でも前回と同じ痛みだったので、救急車は呼びませんでした。我慢して様子を見ていたら、治まってきました。翌日婦人科で、子宮筋腫が大きくなっていると指摘されました。8cm径で、手術をしてもおかしくないサイズだと。
私、気付いたんですけど、この2回の痛み発作、どちらも仕事明けに起こりました。1回目はニューヨークから東京のフライト。2回目はサンフランシスコから東京のフライト。長距離フライトから帰ってきた後に、決まって不調が出ているんです。
筋腫のこと、職場の上司にも相談しました。その人自身、かつて筋腫と過多月経に悩んでしました。座っていると経血があふれてしまうぐらいひどい症状でした。でも手術して以後、そういう症状がなくなったと。それで「あなたも手術すればいい」と勧められました。
どうすればいいでしょうか。
パートナーは「もう仕事やめたら?」って言います。私の体を気遣ってくれる気持ちはわかります。でも私としては、やめたくありません。
ちなみに、もうすぐサンフランシスコ行き、その次にはロンドン行きの仕事が入っています」
悩ましいところである。僕は医者だから、患者の健康をあずかる立場として助言することが基本。つまり、考えとしては、この人のパートナーと同じである。「CAの仕事が体の負担になっていることは間違いない。仕事をやめれば、単純に、負担が減るだろう。まだ子供もいないのに、子宮にメスを入れるどうのこうの、という物騒な話が本当に必要だろうか」
しかし同時に、仕事は単なる金稼ぎ、ではない。自己実現の手段である。CAであるということは、この人にとっての誇りでありアイデンティティである。「体に悪い仕事だからやめとけよ」と言われて「はい分かりました」と簡単に手放せるものではない。
こういう場合、僕は「どうすべき」と特に言わない。ただ、一応のデータを提示する。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5865289/
「一般の人に比べて、CAが婦人科系の癌にかかる確率は1.66倍、部位を問わず何らかの癌にかかる確率は2.15倍であり、睡眠障害、疲労、うつ病にかかる確率は、1.98~5.57倍高かった。
職歴が長いほど、睡眠障害、不安・うつ病、アルコール依存、癌、末梢動脈疾患、副鼻腔炎、下肢手術、不妊、周産期疾患にかかる確率が増加した」
さらに悪いことに、最近はコロナの影響で、飛行機内でもずっとマスク着用である。呼吸能率が低下して血中の二酸化炭素濃度が上がって、体のアシドーシスがますます進む。上記論文で出てくる各疾患の罹患率もますます上がるだろう。
仕事にプライドを置いている人は、こんなデータを見ても、ひるまない。「ああ、そうですか。それでも仕事をやめる気は全然ないですけどね」という感じ。
こういう場合、僕は笑顔で助言する。「なるほど、それなら、せめてこういう栄養成分を摂るようにするといいですよ。アシドーシスの進行が緩和されます」
僕はこういう根性のある人って好きなんだ。