以前の記事の続きだけれども、
胎児アルコール症候群(fetal alcohol syndrome)というのをご存知ですか?
妊婦は生活習慣に重々気を付ける必要があります。食事に含まれる農薬や添加物はもちろん、皮膚に付着するもの(シャンプー、化粧、歯磨き粉、日焼け止め、ヘアスプレーなど)に含まれている化学物質もすべて胎児に影響します。赤ちゃんに「抗体のプレゼント」などといって妊婦のコロナワクチン接種を勧めていた医者がいたように、ワクチンの成分も胎盤経由で赤ちゃんに届きます。では、妊娠中の女性が酒を飲めばどうなるか?アルコールは胎児にどのような影響を与えるか?
微量であれば大して問題はありません。アルコールの大半は肝臓で解毒されるので。しかし、妊娠初期に妊娠していることに気付かずに大酒を飲む女性もいるだろうし、あるいは、たとえ妊娠に気付いたとしても禁酒しようとしない自由奔放な女性もいる。
すると、特徴的な顔をした赤ちゃんが生まれます。
一見、可愛らしい普通の赤ちゃんに見えるだろうけども、医学的な目線で見るとこの4人の赤ちゃんは、いかにも典型的な胎児アルコール症候群の顔をしています。具体的には、
まず、人中がない。人中(philtrum)というのは、鼻の下の2本の縦しわのことです。あと、上唇がうすい。さらに、眼瞼裂の長さが狭い。
比較のために、健康な赤ちゃんの顔をお見せしよう。
しっかりとした深い人中があり、上唇もある。眼瞼裂も長い。赤ちゃんの顔は本来こうあるべきです。
胎児アルコール症候群について、細かい特徴を言い出せば、他にも、鼻梁が低い、鼻が上向き、頭周囲が短いなどたくさんあるけど、要するにすべて、妊娠中のアルコールの影響です。
こういう赤ちゃんを減らすためにも、妊娠中のアルコール摂取がいかに危険であるか、妊婦に周知徹底する必要がある。
しかしここでの問題の核心は、「分かっちゃいるけどやめられない」ということです。アルコールの味を知った原住民が、日々連続飲酒に陥って、部族の存続自体が危ぶまれる。世界中の少数民族がそんなふうにアルコールで滅びつつある、、、ということだけど、以前の記事で言ったように、個人的にはこれを疑わしく思っています。
アルコールをたしなむ文化は、世界中のほぼすべての民族に見られる。というか、人間だけではなくて、酒を楽しむ動物さえいる。
たとえばアフリカで、せっかく実った果実が誰にも食べられないまま、朽ちて地面に落ちた。そこがたまたま小さな水たまりで、アルコール発酵が起こった。その水たまりは天然の”果実酒”そのもので、象がそれを飲んでへべれけに酔っぱらったりする。
動物さえも酒の酩酊を楽しむ。いわんや人間をや。しかし、文化としての酒が生まれるには条件があって、ひとつには穀物、果実、蜂蜜などの糖類を摂取する食習慣があること(これらはアルコール発酵の”基質”になるので)。あともうひとつには、それなりに温暖であること(アルコール発酵にはそれ相応の温度がいるので)。
世界で唯一、この条件を満たさない民族がある。それはイヌイットです。彼らはアザラシや鮭などの動物性タンパクが主食で、本来穀物を食べない。また、極寒の地であるため、気温がアルコール発酵に適さない。従って、イヌイットの文化にアルコールが生まれることはなかった。
スキナーボックス
ネズミを箱に閉じ込めて行動を観察します。レバーを複数回引くと、横にある穴から依存性薬物(アルコール、コカイン、モルヒネなど)が出るようにする。たとえばモルヒネが出るようにすると、ネズミは夢中になってレバーを引きます。
このようなグラフを描く。消費量が多いのはメス、比較的少ないのがオス。メスのほうがドラッグにハマりやすいというのが意外です。
しかし、Alexander et alはこの実験系そのものに疑問を持った。「スキナーボックスという狭い環境に閉じ込められたせいでドラッグにハマっただけではないか?環境の違いによって、もっと別の結果が出るのではないか?」と。
そこで、彼らはまったく別の実験系を用意した。つまり、
スキナーボックスより200倍広いケージにネズミを入れた。しかも、そのケージには、
隠れるための缶や運動のための車輪を置いた。その他、ネズミが好きそうな登り台のような構造物も置いた。さらに、ネズミを1匹単独でケージに入れるのではなく、他に複数のオス、メスを入れた(そのため、すぐに次世代が生まれた)。「まるでネズミの楽園のようだ」ということで、研究者らはいつしかこの実験系を「Rat Park」と呼ぶようになった。
その結果、この実験系で飼育したネズミたちは、依存性薬物が自由に入手できる環境にもかかわらず、ほとんど見向きもしなかった。
この結果は衝撃的だった。
他の研究者たちが、スキナーボックスの結果で以って「ほら、ご覧の通り、ネズミは延々ドラッグを要求し続ける。この依存性がドラッグの恐ろしさです」と主張しているところ、環境を変えるだけで、依存性薬物がまったく「依存性」を発揮しなかった。
つまり、スキナーボックスに閉じ込められたネズミが大量のドラッグを使ったのは、ドラッグへの依存性というよりは、単に孤独への反応だった可能性がある。そういうことを示唆する実験結果だったということです。
「ネズミで成立したことは人間でも8割方成り立つ」ものだけど、これは人間でも成り立つような気がします。つまり、アルコールにドハマりして絶滅に向かったネイティブ部族は、スキナーボックスに閉じ込められたネズミの姿そのもののように思われます。
要は、環境の重要性です。アルコール自体が持つ依存性、それは確かにリスクにはなり得るでしょうが、それが原因で必ず破滅するかというと、全然そんなことはない。周囲の環境という社会的要因のほうがはるかに大事だと思われます。
1950年代ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を発見して以来、人間の特性を規定するものは「氏か育ちか(nature or nurture)」の論争に火が付いた。「人間の特性はすべて遺伝子が規定している」という先天的決定論と、「環境こそが人間を形作る」という後天的な環境論が真っ向から対峙し、活発な議論が巻き起こった。
僕の講演は、プライスの「食事が歯の健康に与える影響」もそうだしこのRat Park実験の話もそうですが、一貫して環境の重要性を説いています。
親世代がいくらすばらしい歯をしていても、そのすばらしさは子供世代に遺伝しません。食事がダメになれば歯もたちどころにダメになりますし、アルコールがどれだけ危険な物質であろうとも、それが悪影響を与えるかどうかは周囲の環境次第だと僕は思っています。
僕は決定論が好きではありません。決定論は、たとえば「あの人が成功したのはもともと生まれつき頭がいいからだ」みたいな負け惜しみ論になりがちです。幼少期の育ちとか本人の努力を軽視する傾向になる。何より懸念されるのは、遺伝を重視する決定論は、製薬会社のナラティブにとって極めて好都合だということです。「血圧とかコレステロールとか「家族性」に高くなるのは、遺伝による運命だから仕方ない。お薬でコントロールしましょうね」となって、薬を売るのに都合のいい論理なんです。
「遺伝だから仕方ない」というフレーズは封印すべきだと思っています。「環境とか努力で人間は変われる」。そっちのほうが希望が持てるでしょ。遺伝的要因がないとは言わないよ。目鼻立ちの整った父ちゃん母ちゃんから美人や男前が生まれる可能性が高いのは、それはそうだろう。東大卒のご両親の子供が東大に入学する確率が高いとか、確かに遺伝の影響がないわけではないだろう。しかし、それでも、簡単に「遺伝」で済ませたくない。
たとえば、「頭の良さは作れる」ということをご存知ですか。こんな実験があります。栄養と知能指数の関係ということで、1960年の論文です。
KubalaとKatzがこんな実験をしました。
学生351人に協力いただいて、血中ビタミンC濃度を測定します。高い人、低い人、いろいろいます。この血中ビタミンC濃度とIQに相関があるかどうか、を調べるのが今回の実験の目的です。しかし、IQには世帯収入とか親の教育歴が影響しているかもしれない(交絡因子)。そこで、世帯収入と親の教育歴でペア化して、血中ビタミンC濃度とIQの関係だけを純粋に比較できるように調整した。すると、高ビタミンC群の平均IQ=113.22、低ビタミンC群の平均IQ=108.71となった。これは統計的に有意、つまり、偶然こうなったわけではありません。よって、「血中ビタミンC濃度が高い人は、親の年収や学歴とか無関係に、IQが高い」ということが言えます。
この研究がおもしろいのは、さらなる介入を行っているところです。
「血中ビタミンC濃度が高い人が頭がいいのなら、逆に、血中ビタミンC濃度を高めることで頭がよくなるのではないか」という仮説を立てて、その仮説を検証した。つまり、
被験者に6か月間オレンジジュースを飲ませた。血中ビタミンCを高めてやろうというアプローチですね。するとどうなったか。
半年飲み続けた結果、もともと血中ビタミンCが高かった群では、IQの増加はごくわずか(+0.02)だった。しかし、低ビタミンC群ではIQが、なんと、+3.54増加した。これは統計的に有意な数字です。つまり、偶然こういう変化が起こる確率は5%もないということです。
これ、すごいことです。単にオレンジジュースを飲み続けるという、ただそれだけのことを半年続けただけで、IQが上がってしまった。要するに、「頭の良さは作れる」ということが実証されたわけです。
ただし、IQが増加したのは血中ビタミンC濃度が低かった人だけ。いわば、ビタミンC欠乏性IQ低下症の人には効果があったということで、すでに血中ビタミンC濃度が高い人では効果はないのですが。
この研究、さらに追跡を続けます。
被験者をさらにもう1年追跡して、血中ビタミンC濃度とIQの関係を調べた。その結果分かったことは、血中ビタミンC濃度が50%上昇すると、IQが3.6上昇する。そういう直線的な増加を示すことが分かりました。
このことから何が言えるのか?いろんな結論の引き出し方があるだろうけど、IQというのは、単に、栄養状態の反映に過ぎないんですね。だって、オレンジジュースで変わっちゃう程度のものなんだから。
参考
https://clnakamura.com/blog/3508/