指導対局を受けて

プロ棋士の今泉健司さんが僕と一局指してくれるということで、もう僕としては、とにかく「恥ずかしくないように」と思っていた。勝った負けたの話ではない。勝つことはあり得ない。何事も不確実な世の中だけれど、少数ながら絶対確実なことがあるもので、そのひとつは「アマチュアがプロ棋士に勝つこと」です。何をどうまかり間違っても勝つことはない。仮に今泉さんが瀕死の重病にかかっていてご臨終の間際だったとすれば、勝機があるかもしれない。いや、それでも勝てないだろうな(笑)
そう、とにかく僕としては、「恥ずかしくないように」と思って、対局の数日前から入門書を復習していた。序盤、中盤と進んで、一応ちゃんとした終盤を迎えられればいいなと。
とりあえず戦型は右四間飛車で行こうと決めた。ただし、この戦法は序盤で相手が角道を止めてくれないとできない。そこで今泉さんに伝えた。「角道止めてもらえますか?右四間飛車で行きますので」今泉さん、ほほえんで応じてくれた。さらに、「飛車、どこに振って欲しい?」と聞く。僕の指定した場所に飛車を振ってくれるというのだから、ありがたいハンデだ。さて、どこに振ってもらえばいいか。
プロだから居飛車はお手の物だろう。三間飛車はもっとダメだと思った。なんといっても、今泉さんは2手目3二飛戦法という後手番の三間飛車が使う戦法の創始者なんだ。あっという間にやられてしまうだろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/2%E6%89%8B%E7%9B%AE%E2%96%B33%E4%BA%8C%E9%A3%9B
中飛車は今泉さん、公式戦でもしょっちゅう採用している。つい先日も里美香奈女流四冠に中飛車で勝利した。
https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20220730-00308010
いろいろ考えて、「四間飛車でお願いします」と答えた。右四間飛車対四間飛車。よくある相振り飛車の戦いになった。
しかし勝負はあっという間についた。序盤で僕が攻め方を間違えて、相手に銀得を許し、さらに玉の囲いの甘さを突かれ、すぐに詰まされてしまった。
結果は分かっているのだから、特に悔しくはない。ただ、『勝負』にならなかったのが残念だ。ちょっとでも今泉さんの美濃囲いに傷をつけられれば自分の中では善戦と言えたけど、それさえかなわなかった。
しかし今泉さんの本領が発揮されたのは、勝負がついてからだった。一局を振り返る感想戦をしてくれたのだけれど、棋譜が全部頭に入っていて、ポイントになる局面をすぐに盤上に再現するあたりに「さすがプロ」を感じたのだけれど、僕が深く感動したのはそこではなくて、今泉さんの解説です。僕の攻めがどんなふうにまずかったのか、どう指せば勝負になったのか、分かりやすく説明してくれた。
「エルモ囲いにするまではよかった。でもさらに、5九に金を寄って囲いを固めておくべきだったね。王様の家は大事です。しっかりした家に住まわせてあげてください」
「銀をタダでもらった時点でこちらの勝ちが決まりました。駒得はものすごく大事です。ほら、よく『終盤は駒の損得より速度』とか言うでしょ。あれは本当の本当、終盤だけの話。そうじゃない場面では圧倒的に駒得が大事。駒得は正義です。駒の働きよりも手番よりも、まず駒得を考えて下さい」
「攻めも大事ですが、受けも大事です。細い攻めがつながって勝つこともありますが、それよりはまず受けを重視することです。拙速に攻め急いではいけない。プロ棋士にとって最も避けたいのは、攻めが切れることです。逆に、受け切って相手の攻めを切らせることを考えます」

僕は解説のひとつひとつに深く納得した。解説には今泉さんの将棋愛があふれていた。
将棋愛と一口に言っても、今泉さんにとって、将棋は単なる愛好の対象ではない。好きも嫌いも超えた古女房のような存在。あるいは、勝利の喜びをくれると同時に敗北の屈辱を突きつける最高にして最悪の存在で、その愛と憎の拮抗は途方もない。将棋に対する感情はひと通りではないだろう。
ただ、「将棋の楽しさを多くの人に知ってもらいたい」という思いは揺るがない。僕のようなアマチュアへの指導は、片手間にではなく、かなりの熱量を持ってやっている。実際、コロナ前には将棋教室で子供たちに熱心に指導していた。

対局後は”ノーサイド”。飲んだり食べたりしながら、棋界の裏話を聞かせてもらった。棋譜を見ればその棋士の強さが分かるものだけど、その棋士のプライベートは分からない。ここでは詳細は書けないけれども、プロ棋士という日本でトップレベルの頭脳集団に属する人たちにも、案外間抜けなところやおちゃらけた一面があるもので、そういうエピソードを聞いて、僕は彼らに親しみを感じました。将棋が強いということだけではその人のファンにはならない。結局人間は人間らしさに惹かれるんだと思う。升田幸三は毎日タバコ300本、酒3升飲んでいて「5歳のときから酒を飲んでいたせいで記憶力が減退してしまった。酒はやめておけ」という言葉に見られるように破天荒で有名だったけど、将棋は鬼のように強かった。落差の魅力っていうのがあるよね。モーツァルトが「私はつまらない人間です。しかし私の音楽はそうではない」って言ってて、これ、『音楽』を『将棋』に変えれば、プロ棋士の名言ぽくなるよね(笑)

さて、ひと通り腹が満たされたところで、場所を変えようということで、僕の行きつけのバーに今泉さんをお連れした。そこで第2局。今度は駒落ちで。
今泉さん「どれを落として欲しい?」と聞くので、「とりあえず飛車角を」結果、やはり負けた。

見かねた今泉さん「一度これでどうですか?」

裸玉に持ち駒歩3枚。

今泉さん。確かに僕は素人ですよ。しかしあまりバカにしてもらっては困る。いや、もちろん気持ちは分かりますよ。最後に僕に花を持たせてくれようとしてるんだなと。ありがたい。さすがに今度こそ勝たせていただきますよ。

相手は丸裸の玉。どうやっても勝つだろうと思っていた。しかし様子がおかしい。手が進むにつれ、いつのまにか角頭に歩を打たれ、角をとられてしまった。これで雲行きがあやしくなった。馬を作られたが、まだまだ大丈夫。と金を作り、龍を作ることにも成功したんだから、形勢的にはこちらが勝っているだろう。とか思っているうちに、、、

何と、詰まされてしまった。

立ち上がって悶絶する筆者の図(笑)

裸玉の相手に負けてしまった。もう笑うしかない。
もちろん、酒が入っていたからという言い訳は立つけれども、いや、ここまできれいに負かされたら、悔しいというか気持ちいいのよ(笑)

ここ5年ほど、毎日2、3局ネット将棋をすることが日課になっている。プロフィール欄に『趣味:将棋』と書いても立派に通用するだろう。でも実際の盤駒は子供のときに触ったことがある程度で最近は全然やったことがないし、生身の人間と指したことなんて30年以上ない。30年ぶりに実際の盤駒を使って生身の人間と対局する相手がプロ棋士だった。このめぐり合わせは勝てないパターンですね(笑)トランプや麻雀なら分からない。でも将棋というフィールドである限り、相手の勝負術に飲まれてしまう。
今泉さん、今度は麻雀やりましょう(笑)

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