チョコレートと虫歯

甘いものは虫歯の原因である。しかし歯医者は「すべてのスイーツが一律に虫歯を起こすわけではない」ことにも、経験的に気付いていた。「なぜだろう。不思議なことに、チョコレートばかり食べている子供には虫歯がそれほど多くない。同じ量の砂糖を含むケーキやマフィンを食べる子供では、虫歯がもっと多いのに」
思い立ったらすぐ研究、である。まずはこの直感「チョコレートは他のスイーツよりも虫歯を起こしにくい」を動物で確かめてみる。
『チョコレートに含まれる物質によるハムスターの虫歯抑制作用』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0003996967900908
「砂糖を含有する食事の20%をチョコレートで置き換える実験をハムスターに行った。虫歯の発生率は、チョコレートがミルクチョコレートであった場合35%の減少、ダークチョコレートであった場合73%減少した」

なるほど、単純ながら説得力のある実験である。
一口にチョコレートと言っても、ミルクチョコレートとダークチョコレートでは結果が全然違うのがおもしろい。

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「おひとつ好きなのをどうぞ!」と言われたら、どれを選びますか?子供に一番人気なのは、ホワイトチョコレート。カカオの苦みがなく、単純に一番甘くておいしいから。しかし健康効果を考えるなら、ダークチョコレートを選ぶのが吉。

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抗酸化物質の含有量はダークチョコレートに最も多く、炎症を抑制し、酸化ストレスから皮膚を守り、認知機能や気分の改善効果がある。糖尿病のリスク軽減や満腹感をもたらす効果まであるという。

しかし、なぜチョコレートが虫歯に効くのだろう。その作用機序はいかなるものか?
『カカオ由来水溶性抽出物の抗齲歯特性』
https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1271/bbb.67.2567
こういう研究で一般的に用いられる”虫歯必発食”がある(cariogenic model food)。35%のショ糖を含むダダ甘の食事である。
連鎖球菌の一種(S. Sobrinus 6715)に感染させたラットにこの食事を食べさせると、当然虫歯が発生する。しかしこの食事にカカオ抽出パウダー(CEPWS)を振りかけておくだけで、虫歯の発生が有意に減少した。
通常ならS. Sobrinusの産生するグルコシル転移酵素によって水溶性グルカンが合成されるが、CEPWSによってこの合成が大幅に減少することがシャーレで確認された。

虫歯を抑制する食材、と目されているのはチョコレートだけではない。「お茶で口をゆすいでおくと虫歯にならないよ」などというと民間療法めいて聞こえるが、この言葉には科学的な裏付けがある。
『植物性嗜好飲料(ココア、コーヒー、茶)由来のポリフェノールの抗齲歯作用』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0367326X0900077X
ココア、コーヒー、茶に含まれるポリフェノールには虫歯の発症機転を抑制する作用がある。ココアに含まれるポリフェノール五量体は虫歯菌(S. mutansと S. sanguinis)によるバイオフィルム形成および酸の産生を減少させる。コーヒーに含まれるトリゴメリン、カフェイン、クロロゲン酸はS. mutansがハイドロキシアパタイトに吸着するのを妨げる。緑茶、ウーロン茶、紅茶を使った実験で、茶のポリフェノールによる抗齲歯作用は、エピカテキン、エピガロカテキン、ガロカテキンのエステルが抗菌作用を示すためである。ココア、コーヒー、茶のポリフェノールはα溶血連鎖球菌に対して抗齲歯作用を示す。

虫歯を防ぐだけではない。なんと、「チョコレートを食ってれば心臓にいい」という研究がごく最近発表された。
『チョコレート摂取量と冠動脈疾患のリスク』
https://academic.oup.com/ajcn/advance-article/doi/10.1093/ajcn/nqaa427/6154824?rss=1
結論を簡単に言うと、「チョコレートを定期的に食べる人では、心血管系疾患の発症リスクが低かった。ただし、2型糖尿病の人ではこの相関は見られなかった」
糖尿病があると砂糖のデメリットが前面に出て、チョコレートのメリットをかき消してしまう、ということだと思う。
しかし、子供の食事に気を遣う親御さんにとっては不都合な研究だね。いつも親から「お菓子ばっかり食べてると病気になるぞ」って脅されてる子供がこの研究を知ったら、「チョコレートは体に悪くないからいいねん!」とか言って親の前で堂々とチョコ食ったりしてね(笑)

近年腸活が注目されているが、チョコレートには腸内細菌叢を改善する作用もある。
『ココア由来フラボノールのプレバイオティック的評価』
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21068351/
ココアフラボノールを多く摂取した群では、ビフィドバクテリアと乳酸桿菌(いわゆる善玉菌)が有意に増加し、クロストリジウム(いわゆる悪玉菌)が有意に減少していた。

口腔内で虫歯菌の働きを抑えるぐらいだから、腸内細菌叢に対しても何らかの有用な働きをすることは当然予想されたところだが、きっちり実験的に証明された格好である。
しかしチョコレートの健康効果「だけ」を享受しようとするなら、方法は以下の一択である。

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カカオ100%チョコ。
食べたことがある人は分かるだろうけど、これ、全然おいしくない。これを食べてみて、はたと気付くわけ。「チョコレートのおいしさというのは、結局砂糖のおいしさだったんだな」と。
しかし砂糖が含まれていたとて、チョコレートは他のスイーツよりまだしも健康へのメリットがあるのは間違いない。
「甘いものは体によくないと分かっているが、どうしても甘いのが欲しい」という人は、チョコレートで衝動を紛らわせるのも一法だろう。

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