みかん何個分のビタミンC

「オーソモレキュラー」なる治療法を初めて知ったときの感動は、今でも忘れない。高用量のサプリメントを補うことで不治とされている病気が見事に治る。ホッファーの著書にそういう「奇跡」の症例が無数に挙げられているものだから、僕はすっかり”やられてしまった”。
そのときの衝撃がきっかけで栄養療法の道に入ったものだから、僕は当初、サプリに対してあまりにも過剰な期待をかけていたところがある。
「その有効性ゆえに主流派医学から不当に貶められた、”容れられざる治療法”」という意識があった。「そして自分こそはその実践者である」と。患者にビタミンをやたら処方する僕を見て、周囲の医者や事務方から様々な圧力が加わった。こういう圧力は、僕を萎縮させなかった。むしろ奮い立たせた。他宗派からの弾圧は、宗教者の信念をますます強くするものである。
やがて開業し、僕はついに、自分の思うがままにビタミンを処方できる環境を得た。「これでようやく、他の誰にも遠慮なく堂々と自分の信じる医療ができる」
こうしてオーソモレキュラーを実践して数年が経った。サプリの適応がはまり、オーソモレキュラーの面目躍如、劇的に改善した患者を数多く見てきた。しかし同時に認めざるを得なかったのは、オーソモレキュラーの限界である。
サプリは、万能ではない。
開業によって得た最も苦い教訓がこれである。
たとえばオーソモレキュラー的には「統合失調症にはナイアシン」という。しかしナイアシンを大量に投与しても、治らない患者は治らない。

そこで僕は、ホッファーやソールの教えるいわば”スタンダード”なオーソモレキュラーばかりではなく、CBDオイルや有機ゲルマニウム、様々なハーブなども臨床に取り入れ始めた。同時に、僕の治療スタイルのなかで、ビタミンサプリの占める重要性が相対的に低下してきた。
「ビタミンC、私は1日何mgとればいいですか?」と聞かれて、「今はみかんが旬ですからね。みかんを4個5個と食べるといいですよ」などと答えたりする。患者は意外な顔をして「サプリでとらなくてもいいんですか?」「いや、もちろんみかんが好きなら、の話です。サプリ的には朝昼夕1000 mgを1錠ずつとか飲むといいですよ」

変な話だけど、僕は最近、ますますサプリから離れつつあると思う。離れてどこに向かっているかというと、結局、食事である。そう、サプリは本来、supplement、つまり食事の補充だった。食事だけで摂りきれない栄養素をサプリで補う。それが元々の意義だった。
もちろん、サプリを勧めることをやめたわけではない。各種ビタミンやミネラルのサプリは、僕の臨床の強力な武器であり続けている。しかし、「同じ栄養がとれるなら、サプリよりも食事でとったら?」という、ごく当たり前の認識に至った、ということである。いろいろな回り道や寄り道を経た末に、一周まわって結局、食べ物に戻ってきたのよ

たとえば、みかん。
みかん1個に含まれるビタミンCは約20 mgである。一方、多くのメーカーのビタミンCサプリ1錠には、1000 mg含まれている。つまりサプリ1錠を口に放り込んでおけば、みかん50個分のビタミンCが摂取できる計算である。
「なんて能率がいいんだ」「すばらしい」みなさんそう思うだろう。
僕もそう思う。だからこそ、今でも僕はサプリを臨床で使っている。
ただ、同時に、僕はこの簡単な比例計算(「サプリ1錠はみかん50個分のビタミンC」)が、何だか腑に落ちなくなってきた。

なるほど確かに、ビタミンCというひとつの切り口だけで見てみれば、その通りかもしれない。しかしみかん1個には、食物繊維があり、様々なバイオフラボノイドがあり、現在でも科学的に同定されていない未知の栄養素があるに決まっている。
さらに、利用効率の問題。なるほど、ビタミンCの含有量においては、サプリ1錠のほうがみかん1個よりはるかに多い。しかしたいていの場合、栄養素というのは”調和”で働くものである。みかんに含まれるビタミンC以外の様々な栄養素が、ビタミンCの吸収や利用経路に関与しているに違いない。

最近出た論文にこういうのがあった。
『オレンジ抽出物の寿命およびストレス耐性に対する効能』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7024185/#:~:text=These%20findings%20revealed%20that%20orange,resistance%2C%20and%20promoting%20the%20healthspan.
「オレンジには様々な生物活性のあるフィトケミカルが含まれており、様々な健康効果が認められている。具体的には、抗癌作用、抗酸化作用、抗炎症作用などである。しかし、抗老化作用については、いまだ検証されていない。そこで本研究では、線虫(カエノラブディティス・エレガンス)を用いて、オレンジ抽出物の寿命およびストレス耐性に対する効果を評価することとした。
その結果、オレンジ抽出物は用量依存性に(投与濃度が100、200、400 mg/mLと濃くなるにつれ)、線虫の寿命も10.5%、18.0%、26.2%とそれぞれ長くなった。
単に寿命が長くなっただけではない。「健康寿命」も長くなった。つまり、濃度依存性に稼働性が高まり、加齢による色素沈着および細胞内活性酸素種(ROS)が減少し、生殖能力も保たれていた。
温度ストレスや紫外線ストレス(UVB)を加えたところ、オレンジ抽出物投与群は未投与群に比べて明らかに生存率が高まった。また、オレンジ抽出物投与群ではスーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)とカタラーゼの活性が高まっており、かつ、マロンジアルデヒド(MDA)が減少していた。
さらに詳しく調べると、オレンジ抽出物を与えられた線虫では、遺伝子(daf-16、sod-3、gst-4、sek-1、 skn-1)のアップレギュレーションが起こっており、age-1の発現ではダウンレギュレーションが起こっていた。
これらの結果、オレンジ抽出物には、寿命を延伸し、ストレス耐性を高め、健康寿命を促進することで、抗老化作用を発揮するポテンシャルがあることが示された」

こういう論文を読んで思うのは、「ああ、みかんってすごいんだな」というのはもちろんあるけど、逆に、サプリの限定性を思うのよ。人為の卑小さ、っていうのかな。
総合力で優れている自然の産物と、ただひとつの栄養素の含有量しか含まないサプリを比較することは、ずいぶんナンセンスだし、それどころかひどく野蛮にさえ思う。
「こういう比較はフェアじゃないよなぁ。みかんに失礼だよなぁ」と。

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