休日

雑誌『veggy(ベジー)』74号で当院が紹介されています。
興味のある方はご一読くださいm(_ _ )m

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以前CBDオイルを特集した同誌72号に出させてもらいましたが、それに引き続き、2回目の登場となります。
ちなみに、CBDオイルを紹介したその少し前の号で、伊勢谷友介さんが特集されていました。ベジー編集部は「何かを予見していたのではないか」と一瞬思いましたが、さすがに偶然だよね(笑)

今日は祝日で、祝日は当院休み。休みの日はロン(犬)に捧げることにしているので、今日もずっと一緒にいた。今も、こうやってブログを書く僕の足元にロンがいる。本当に、文字通り、ずっと一緒にいる。
ちなみに大みそかから正月三が日もずっと一緒にいた。散歩はもちろん、食事も一緒、寝るのも一緒。トイレにさえ一緒についてくるぐらいだから(笑)

最近は休みの日は一緒に山に登る。去年の夏頃から、週二日のペースで、六甲山系の再度山(ふたたびさん)に登るのが習慣になった。
何となく、「自分が山に登ることはもうないだろう」と思っていたのに、人生は分からないものだ。

何を隠そう、僕は大学時代山岳部に所属していた。特に山好きというわけでもなかったけど「せっかく長野県にいるのだから、長野県らしいことをしよう」と思って入部した。
槍ヶ岳、穂高岳、戸隠山など、北アルプス南部の山はだいたい登った。特に、常念岳にはうちの大学の診療所があって、毎年必ず登っていた。
ただし、登るのは春と夏だけ。冬山は登らなかった。部員の中には冬の雪山を好んで攻めるような人がいて、すごいなぁと思いながら見ていた。
大学を卒業するときに、山グッズはすべて後輩に譲った。登山は大学時代だけ、と決めていたから。

もう何年も山に登っていない。ときどきふと、山岳部時代のことを思い出したりする。山の稜線、眼下に見下ろす雲海、冷たい湧き水。山に登ってるときはものすごく苦しかったはずなのに、思い出す記憶はことごとく美しい映像ばかりなのが不思議だ。
今になって思うのだけど、あんな景色は地上のどこにもない。山から離れてみて初めて山の美しさに気づく。「ふるさとは遠きにありて思うもの」という言葉があるけど、その感覚に近いかもしれない。

ゴールデンレトリーバーはものすごい運動量を要求する。ちょろっと町を散歩、程度では満足してくれない。平日は何とかそれで我慢してもらうけども、本当はもっと僕と歩きたいと思っている。言葉を話せない奴だけど、そういう気持ちは「わかる」。
そこで、山の出番となった。引退したつもりの山に、ロンに連れ戻された格好だ。
六甲山系のひとつ、再度山(ふたたびさん)。標高470メートル。

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ロンと一緒に歩くには、ピクニック感覚で登れるちょうどいい山で、この山に登るのが毎週のルーティーンになった。
だいたい朝10時頃に登り始め、昼頃山頂近くの再度公園に着く。眼下に広がる街の景色をぼんやり眺めたり、ロンと遊んだりしてダラダラ過ごし、下山して家に着くのが午後3時4時くらい。
夏は緑が濃く、秋は紅葉が美しく、今のような冬の時期は下界より寒い。

なるほど確かに、山である。しかし、かつて標高3000メートル級のアルプスを登っていた自分としては、「こういうのを山とは呼ばない」と思っている節もある。
たとえば、あり得ないほどの軽装(クロックスとジャージ)で登っている。アルプスを相手にサンダルで登るわけがないけど、再度山はサンダルで全然オッケー。
熊除けの鈴とか要らない。長野の病院に勤務していると、ときどき熊外傷が救急に運ばれてくる。熊の爪に引っかかれて「顔がなくなった」患者とか、一度見るとけっこうトラウマです(゚д゚)。熊は比較的レアだけど、サルや鹿を見ることはしょっちゅう。でも再度山は神戸のすぐ近くで、野生動物はまずいない(と思っていたけど、一度だけイノシシに出くわして、あのときは驚いた)。
あと、登る時間ね。山行の日は(そう、山岳部に入って初めて「さんこう」なる名詞があることを知った)、朝3時とか4時に起きて部室に行って、車に相乗りして目当ての山に向かい、5時6時に登り始める。そして、山頂について風景を満喫したら、すみやかに下山。山の夜は早いから、午後遅く、たとえば午後3時とか4時にもなってまだ山をうろついていてはいけない。温度差も激しい。日中あたたかくても、夜もそうだとは限らない。
その点、再度山はあちこちに電灯が立ってるから夕方に歩いてても大丈夫。というか、こんなにたくさんのLED電灯を設置しては野生動物に悪影響で、逆にちょっとどうかと思う。

ゴールデンレトリーバーは寒さに強い(暑さに弱い)犬なので、ロンも雪を見ておおはしゃぎ。雪を食べたり、雪の上で寝そべったり。冬を大いに満喫する。

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僕は寒いのが嫌いだから、ロンがいなければこんなところ絶対来ない。でも、ロンとの時間の過ごし方として、山以上のものが見当たらない。だから、再度山のお世話になっている。11月も12月も毎週山に登ったし、恐らく1月も2月もそうするだろう。
おかげで足腰がすごく鍛えられました(笑)

ロンが教えてくれること。
人間ではない、別の生物と、こんなふうに感情を深く交わし合えるということ。
絶対的な信頼感ということ。
じっとロンに見つめられる。目の中の中まで見つめられて、すべてを見透かされているようだ。僕は誰か人の目を、こんなふうに見つめることはできない。これまで、人を信頼したりされたり、その信頼を裏切られたり裏切ったり。汚いものを見すぎてきた僕の目は、こんなふうに人を見つめられないと思う。犬に見つめられて、その目の純粋さにひるんで、僕のほうから目をそらす。こいつにはかなわない。
言葉はなくてもいい、ということ。僕がしゃべる言葉は、言い訳と屁理屈と愚痴ばかり。こいつは言葉のない世界に住んでいるのに、気持ちは全部伝わる。遊ぼう、甘えたい、なでてくれ、腹減った、散歩行こう。
夜僕が布団に入ると、必ずそばに寄り添う。枕をシェアしながら寝ていて、僕よりも早く寝息を立てだした。
あるとき、そういう枕元のロンを見て、何だか泣きそうになった。愛情が極まると、涙になる。僕はそういう感情があることを知らなかった。
犬を飼うということ。

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