病的窃盗

プライバシー保護のため、詳細は変えてあります。

主治医意見書
【患者氏名】■田 ■子
【生年月日】昭和■年■月■日生
【診断】病的窃盗(ICD分類F63.2)
【当院受診経緯】
20年ほど前より盗癖が出現した。そのうち警察沙汰になったのは10回ほど。度重なる窃盗により、10年ほど前に執行猶予判決を受けたが、その期間中にまた窃盗し逮捕。実刑判決を受け、刑務所に服役した。出所後、また盗むようになり、家族の勧めもあって窃盗症治療で有名なA病院に半月ほど入院した。そこでKA(クレプトマニアクス・アノニマス;窃盗症で悩む人々が互いの心の悩みを打ち明ける精神療法)を経験し、しばらく症状は治まっていた。しかし数か月前に再発し、窃盗の現場を抑えられ逮捕。現在裁判進行中。
令和2年X月、病的窃盗を栄養状態の改善によって治癒させることはできないか、との希望で家族に付き添われて当院初診となった。
【治療経過】
初診時、食生活の聞き取りから、精製糖質の過剰摂取、コンビニ食材など加工食品の過多、タンパク質の不足などについて、改善するように指導した。具体的には、毎日『お食事日記』を記録するように指示し、自分の食事に意識的になるよう伝えた。不足していると思しき栄養素についてビタミン剤の服用を勧めた。採血実施した。(病的盗癖と摂食障害(栄養不良)の関係については後述。)
同年X+1月再診。採血データで血中ビタミンの不足が明らかになったものにつき、ビタミン剤の服用を勧めた。生活のストレスが食行動の異常(暴飲暴食、あるいは逆に拒食状態に陥るなど)に現れるタイプだが、「食生活を意識しているせいか、最近はそういうことがなくなりました。拒食状態になるとお米が食べられず、お菓子やパンばかり食べていました。逮捕される前の食事はひどいものでした。摂食障害の出ているときに万引きをしてしまいます。KAでいろんな人の話を聞きましたが、窃盗症の人には摂食障害の人が多いような印象を持ちました。今の精神状態は落ち着いています。ものすごく落ち着いています。というか、自分のこれまでの人生の中で今が一番落ち着いていると思います」。
同年X+2月再診。「明らかに疲れにくくなりました。以前は家事をしていてもすぐに動けなくなって。ジムやヨガに行こうと誘われても、行く元気がありませんでした。でも体力がついてきて、元気に動けます。もともと朝起きるのが苦手なタイプでしたが、すっきり起きられる日が増えてきました。甘いものを食べたくなるときには、ナッツを食べるなどして気持ちを紛らわしています。
もともと言いたいこと言えず、内側にため込むような性格ですが、人と積極的に話すようになってきました。そこが最近の一番の変化です。朝、「おはよう」ってあいさつをするようになったんです。当たり前だと思いますか?でも私にとっては全然そうじゃありませんでした。朝「おはよう」っていう、そういうことさえできてなかったんです。おはようってあいさつすることで、そこから話が広がることが、今は何だかとても楽しいんです。同居している家族にも「最近何だか丸くなったね」と言われます。
これまで、私、家族との接触を意図的に避けていました。何度も万引きして、そして、何度も信頼を裏切って。つらかった。合わせる顔がなかった。それで家族を避けていました。何度失敗しても私を支えようとしてくれる家族の信頼が、何だか耐えられなくて。でも今は違います。家族の信頼に真正面から向かい合って、それに応えたいと思っています」
同年X+3月再診。「お菓子をそんなに欲しいと思わなくなりました。食べて口にすると、不思議とそんなにおいしいと思わないんですね。以前はむさぼるように食べていたのに。疲れると糖分が欲しい、みたいな衝動がなくなりました。食事でおなかいっぱいになって「もう満足」って感じです。
裁判が控えていて、それは確かにストレスだけど、それをそんなに大きなストレスだと感じていないのは、栄養が体内に満ちているからだと思います。
便通もいいし睡眠もいい。寝起きもすっきり起きます。日中、仕事に行き始めました。休みの日はカラオケに行ったりジムに行ったりマッサージに行ったり。自分の時間をちゃんと楽しんでいます。
前は寝ても疲れが取れず、寝起きも悪くて、立ちくらみも多かった。今はそういうことがなくなりました。万引きの衝動はありません。何かを欲しいと思ったら、ちゃんとお金を出して買っています。誇って言うことじゃないですよね。当たり前のことですよね。でも、ようやく普通の人みたいになれたなって思います。
少し前にA病院の先生と話す機会がありました。「なぜ入院しない?出所後5年以内の再犯は起訴される可能性が高い。今入院して反省した姿をアピールしておくと、裁判で勝てる見込みは3,4割はある。もったいない」と言われました。先生の気持ちは分かりましたが、断りました。何だか、そういう「医療機関とつながってます!反省してます!」アピールに興味が持てなくて。それに、今調子がいいのは食事を変えて栄養状態が整ったからだと思うんですが、A病院に入院したら病院食が出て、また崩れてしまいそうで怖いですし。
確かにまた刑務所に入るのはつらいです。でも、妙な小細工してまで無罪になろうとは思っていません。刑務所に入ることになったらなったで、きちんとお勤めを果たしてくるつもりです」
【所見および今後の見通し】
盗癖と摂食障害には関係性を示唆する研究は多い。たとえば以下の文献。
『盗みと摂食障害の関係~レビュー』
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9384949/
「盗みは摂食障害患者の過食症状と強く相関しており、窃盗行為の有無は摂食障害の重症度のマーカーとして使える可能性がある」
上記患者につき、当院での治療経過は良好である。食事を変え栄養状態が改善したことと、心身の状態が快適になったこと、この両者の因果関係を本人がはっきり自覚している。本人もこの状態を維持したいと思っていることから、今後以前のように栄養状態が悪化することは考えにくい。
再犯の可能性は低いものと考える。

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