休日は犬(ロン)のために、と決めている。
平日は仕事でかまってあげることができなくて家で寂しくしているから、せめて休日だけでも、一日一緒にいてやりたい。できるだけ外に連れて行って、遊んでやりたい。
4月、桜の咲く頃に僕のところに来たから、まだ一年経っていない。つまり、ロンにとって初めての春だったし、夏だった。そしてこれから初めての秋を、冬を、迎えることになる。
春頃はまだまだ子犬だったから、背中に背負うことができた。こんな具合に。
ところで、こんな言葉がある。
『子供が産まれたら子犬を飼え。子犬は子供より早く成長して、子供を守ってくれるだろう。そして子供が成長すると良き友となる。青年となり多感な年頃に犬は年老いて、死ぬだろう。犬は青年に教えるのである、死の悲しみを』(ゴルゴ13 130巻『黄金の犬』より)
僕には子供はいないが、僕の友人の子供がロンを大いに気に入り、遊んでくれた。
この様子を見て、僕は思った。子供と子犬の親和性は絶妙で、実に、上記の言葉は真理だと。
夏はよく海に行った。初めて海に行ったとき、僕が泳ぐのを見て、浜辺で実にもどかしそうに、わんわん吠えている。僕と一緒に泳ぎたい。でも、水が怖い。それでちょっとずつ水に慣らしてやろうとトレーニングした。
そうすると、なんと、次海に来たときには、もうこの通り。見事な犬かきを披露してくれた。
「誰に泳ぎ方を教わったわけでもないのに!うちの子は天才だ!」と思った(←親バカ)
しかし調べてみると、”四足歩行の哺乳類は解剖学的に犬かきができるようになっているし、逆に、犬かきしかできない(バタフライや背泳ぎなんかは無理)”とのこと。半ば本能的に泳ぐようにできているわけだ。確かに、マウスを水に放り込めばちゃんと泳ぐことは、研究者には当然だろう。
我が子のことになると冷静になれないものだね^^;
泳いだのは海だけではない。山に行って、川を泳いだこともある。
この動画を見ればわかるように、泳ぐスピードは僕よりロンのほうが速い(というか、走ったりジャンプしたり、身体能力全般において、すでにロンは僕を上回っている^^;)
足がつかないような深さでも、ロンは遠慮なく僕にからんでくるから、動画のあと、僕はおぼれて死にそうになりました^^;
僕が犬を飼ったのはロンが初めてだから、他の犬との比較はできない。でも、「こいつはなんて頭がいいんだろう」と感心することがしばしばある。たとえば、こんなふうにドアを開ける。
僕を追って、遠慮なく風呂やトイレに入ってくるものだから、鍵をかけないといけなくなった。子犬の頃から少量の有機ゲルマニウムをエサに入れていたおかげで頭がよくなったに違いない、と僕は思ってるんだけど、これも親バカかもしれない^^;
現在、生後9か月。
もうサイズ的には成犬並みで、4月の頃の”人形のような可愛らしさ”はずいぶん薄れている。それでも、今度は別の種類の可愛らしさが出てきた。それは、性格の可愛さだ。
たとえば散歩していて、別の散歩中の犬と出会ったとする。僕がその犬をなでると、ロンは焼きもちをやいて、僕とその犬の間に割って入ってきたりする。
クリニックのスタッフがミスをした。たいていのことは「次は気を付けてね」で済ます。ただ、まれにひどいミスがあって、怒る。するとそばのロンが、じっと僕を見て、僕に体を寄せてきたりする。「まぁそうカリカリするなよ」とでも言うみたいに。
もうロンを飼いだして7か月だけど、変な話、家に帰るとロンがいることが、いまだに不思議な感じがある。「そう、僕は、犬を飼っているんだな」と、何度も反芻する。すごく当たり前のようだけど、それでも、何だか不思議な感じだ。一人暮らしが長すぎたせいかな^^;
実家には猫がいた。勝手気ままで、僕がなでたって知らんぷり。とてもかわいいけど、それは僕の片思いで、猫は僕をうっとうしく思っている。しかし犬とは、ロンとは、はっきり気持ちが通じている。
「僕は犬を飼っている。そして犬と、この人間とは異なる生物と、心を通わせている」ということを、しみじみと噛みしめる。こういうのって、いいものだな。
4月のあるとき、普段の散歩コースとは全然違う道を歩いていたときに、老いてよぼよぼのゴールデンレトリーバーを連れた女性を見た。どちらも同じ犬種だが、こちらは子犬、向こうは老犬。自然と会話が始まった。「もう13歳のおじいちゃんです。ほら、足のここに癌があって。手術すると足を切らないといけないと言われたので、様子を見ています。わんちゃん、おいくつ?
そう、まだ3か月ですか。かわいいですね。これから大変になりますよー(笑)3歳4歳くらいまではいたずらっ子ですよ。私も大変でした。家具やらコンセントやらぐちゃぐちゃにして」
この言葉を聞いて、たまらない気持ちになった。元気と可愛さにあふれるロンと、もう歩くこともおぼつかない老犬と。
3歳4歳の嵐のような時代を通り過ぎて、やがて落ち着き、平穏な日々を過ごすうちに次第に老いていき、やがて死ぬ。その日は、僕が死ぬ日よりも先に来るだろう。
そんなことは分かっていた。分かっているつもりだったが、こんなふうに明瞭な対比を提示されて、僕は何だか打ちのめされた気持ちになった。
そう、ロンは、やがていなくなる。不思議なことに今僕と一緒にいるロンだけど、僕より先にいなくなる。だから今、こうやってロンと過ごしている時間は、きっと特別なはずなんだ。