症状というのは、何日かかけて少しずつ治っていくのが普通だ。甘いものや小麦をやめるなど食事を改め、摂るべき栄養素を摂り、意識的に運動や日光浴などを心がける。そうしていくうちに徐々に徐々に、治っていく。これが治療のあるべき形である。「頭痛に対してロキソニンを飲んだら3分で治った」というような治り方は、多くの場合、”支払いの先送り”に過ぎない。あとで借金返済を迫られることになるのが関の山だろう。しかも利子付きで。
そう、回復というのは、本来地味なものである。ちょっとずつよくなっていき、1か月2か月経ったときにふと振り返ったら「ああ、そういえばあの症状、最近出なくなったな」と気付く。人間は、そういうふうに治っていくものなんだ。
しかし臨床現場では、”劇的回復”としか言いようのないような治り方をする患者を見ることもまれではない。僕が経験した、そういう”劇的回復”をいくつか紹介しよう。
ただし、プライバシーのため詳細は変えてある。
【症例】30代女性
【主訴】食事がのどを通らない、パニック
【現病歴】
もともと胃腸が弱く食が細いほうだが、ここ2週間吐き気がひどく、少し飲み食いしただけで胃が重苦しくなり、ものを食べられなくなる。夜に胃のむかつきとともに動悸が起こり、手足がしびれて冷たくなり、パニックになることが何度かあった。
2歳の子供がいる。子供のために食事は作るが、自分はほとんど食べられない。ポカリとかプリンのような口当たりのいいものが少し飲み食いできるだけ。
もともと食べること自体へのオブセッションがある。小学校のときに給食を最後まで食べるよう担任から強要され、クラス全員が自分を見つめるなかで無理やり食べたことがある。その記憶が今でもつらい。母が闘病の末に栄養失調で亡くなり、自分もそうなるのではないかという不安もある。過去のトラウマ、さらに食べられないことへの不安、そういう感情がないまぜになって、パニックになる。
【対処および経過】
さて、どうしたものか。
デパスなどの抗不安薬は根本的な解決にならない。対症療法ではなく、根本的な原因にアプローチしたい。
「交感神経が過度に興奮し、そのせいで食べ物を受け付けなくなっているのではないか」というのが第一感。では、なぜ交感神経が興奮しているのか?精神的ストレス、栄養不良、消化器疾患など、原因は様々あり得る。
たとえば脚気(ビタミンB1欠乏)になると食欲が低下する。一見不思議だと思いませんか?「栄養素が不足しているのだから、体は栄養を求めて食欲が増えるのではないか」と思われるが、むしろ逆。これはたとえばアルコール依存症患者を見ているとよくわかる。酒量の増加に伴い、アルコール代謝によりビタミンやミネラルが消耗する。消耗するから補おうとするかと思いきや、それどころか連続飲酒に陥って全然ご飯を食べなくなったりする。それでますますビタミンが枯渇し、食欲不振がさらに悪化する。行き着く終末像はウェルニッケ脳症(ビタミンB1欠乏脳症)など実にmiserableである。
この人の場合も、何かがきっかけになって食欲不振モードになり、口当たりのいいお菓子などを食べているうちにますますビタミンが欠乏し、それで食事がとれなくなるという悪循環に陥っているのではないか、と思われた。診察時「先日歯医者に行って親知らずを抜いたら、出血がなかなか止まらなくて困った」と言っていたことも、いかにもビタミン不足を疑わせる。だとすると、対処法はこの悪循環を断つことである。各種ビタミン、ミネラル(亜鉛、鉄、マグネシウム)を勧めた。
食事の工夫として、しょうが(制吐作用)、ミント(整腸作用)、キャベツ(消化器系の不調全般に有効)なども併せて勧めたが、「私、もともとしょうがは苦手で」と、あまり乗り気ではない様子。
2週間後。
「サプリを飲むという、その行為自体が無理でした。のどに違和感があって、つっかえて、飲み込めません。ツイッターで、私と同じような症状の人がリフレックス(抗うつ薬)で改善したっていうのを見たんですが、どう思いますか」
困った。飲めなくては、何ともやりようがない。嚥下困難がこれほどひどいとは想像以上だった。フェロミアの剤形を顆粒に変更し、のどの違和感に半夏厚朴湯を処方した。マグネシウムはにがりに多く含まれるから、意識的に摂取してみるよう勧めた。精神科的投薬は最後の切り札として、「本当に何を試してもダメだったとき、薬に頼りましょう」と伝えた。
2週間後。
「少しいいです。フェロミアはおなかの調子が悪くなるので飲めませんでしたが。半夏厚朴湯が明らかに効いています。飲んで1時間くらいはスッとするので、そのあいだに食事をします。それでも、吐き気がないわけではありません。胃のむかつきは常にあります。半夏厚朴湯が一瞬だけ胃腸の扉を開いてくれるので、その隙に食事をいれる、という感じです。もちろんたくさんは食べれません」
よかった。少し改善したようだ。しかし、まだ完治には程遠い。何か他に提案できる治療オプションがないものか?
これまで値段の高さのために勧めるのを躊躇していたが、CBDオイルが有効である可能性を説明した。僕らの体には内因性オピオイドという物質があって、これが不足すると様々な不調が起こる。食欲不振もそのひとつ。よかったらCBDオイル、試してみませんか?
しかし、やはり値段の高さがネックだった。「ネットで自分で調べて、検討します」とのこと。
2週間後。診察室に入る時点で、見違えるほど元気な雰囲気があった。
「CBDオイル、自分でネットで買って、飲んでみました。嚥下がすごくよくなりました。もう、嘘のようによくなりました。それを飲んだ日から、いや、飲んだ瞬間から、オエッとえずくような吐き気が一回も出ていません。
しかもね、先生、私が買ったCBDオイル、楽天で買ったんですけど、すごく安物なんです。濃度は0.4%。50ml入りのフルスペクトラムで、CBDは200㎎しか入ってない。3600円だったかな。レビューに摂食障害とか不安、吐き気にも効くって書いてあったので、買ってみたんです。
食事の前に舌の下に1滴いれて、1分ほどじっとしていると、30分くらいで体がポカポカしてきました。食事を飲み込む瞬間、一瞬だけ吐き気がしたけど、大丈夫でした。お米がちゃんと食べれたんです。私がどれほどうれしかったか、先生、わかりますか。
まだ量は食べれません。胃がずいぶん小さくなってるんだと思います。体重も37㎏まで落ちちゃって。でもこれからきっと、回復していきそうな感じがしています。
ただ、副作用なのかな、少し変なところもあります。
私、これまで夜は眠りすぎるくらいよく寝れてたんですけど、CBDオイルを飲むようになってから、深夜にパチッと目が覚めるようになりました。うーん、とうなされながら目が覚めるんじゃなくて、本当、パチッて感じで目が明いて目覚めます。でもすぐまた寝れるんですけど。こんなことは今までの私にはありませんでした。CBDオイルを飲み始めてからのことです。食事を食べられる喜びに比べたら、深夜に一回目が覚めるくらい、どうってことないんですけどね。
ご飯が食べられるようになってから、止まっていた生理が来ました。しかもいつもの私なら生理痛がひどくてバファリンが手放せないんですが、痛みが不思議となくて、薬なしで済みました。
あと、少し心配なのは、最初は食事前に1滴だけ飲んでたんですけど、今5滴飲んでます。だんだん効果が落ちてきて効かなくなる、ということはありますか?
でも、何度も言いますが、本当にうれしんです。のどの違和感がなくなって、ご飯が普通に食べられる。その当たり前のことが、今の私には本当にうれしくて」
劇的改善とはこのことである。CBDオイルが起こす”奇跡”は見慣れているつもりだったが、それでも、目の前でこんなふうに回復した喜びを見せられると、僕のほうも喜ばずにはいられない。
どんな製品なのか、楽天のサイトを調べてみたら、「フルスペクトラム」とある。この表記はまずいんじゃないかな。フルスペクトラムというのは、THC(酩酊成分)も含めてすべての成分が入っているということだけど、日本ではTHCは規制されている。だから、当然この商品にもTHCは入っていないはず(入っていたら犯罪になってしまう)。フルスペクトラムではなく、ブロードスペクトラムと書くべきところだろう。
CBDは自律神経のバランスを整える働きがあって、基本的には鎮静作用があるが、ごく少量で覚醒作用が出る人がいる。深夜に一瞬パチッと目が覚めるのは、CBDのその辺りの性質が関係しているかもしれない。
CBDオイルの鎮痛作用は有名だ。骨転移を伴うような末期癌患者にCBDオイルが重宝されるのは、食欲増進作用と鎮痛作用のためである。頭痛や生理痛など、PMSに伴う痛みにも助けになるだろう。
薬が薬理作用を発揮するのは、リガンド(有効成分)が受容体に結合することによる。CBDオイルの長期的使用によって、カンナビノイド受容体の数や結合親和性が変化することはあり得る。ひどい離脱作用や依存性はないが、感受性を維持するために、ときにはスキップ(休薬)するのもいいだろう。
『オーソモレキュラー医学入門』という翻訳本を出しているくらいだから、僕はそれなりにビタミンやミネラルの勉強をして知識を身に着けてきたつもりだ。しかし、こんなふうにCBDオイルの圧倒的な有効性を目にすれば、そういうこまごまとした知識はすべてムダだったんじゃないか、ビタミンやらミネラルやらよりもCBDオイル1滴のほうがはるかに有効じゃないか、という、万能感だか無力感だか、よくわからない感覚にとらわれます( ゚Д゚)
CBDオイルという強力無比な援軍を得たことで僕の臨床の幅が広がったことは間違いないけれど、これに頼りすぎるのも、何かちょっと違うような気がするのね。